【 Lover's Profile -The Beginning- 】
 
ラバーはアナザーワールドの三途リゾートで川の穏やかな流れを見ながら、時折、向こう岸から渡って来る
人達を眺めながら、隣でゴールデンバットを吹かしているイエスと、彼らが渡り切るかそれとも引き返すかを
脳天チョップを賭けて競い合っていた。すべての娯楽に飽きた2人には、もうこのくらいのことしかすることが
ないのだ。ゴルフをやっても、ティーショットを打てば、いつも即カップイン。スーパーモデルは呼べばいつでも
やってくるが、別に何かをしたいという欲望はもうない。霊界対戦型エックスキューブにももう飽きた。
不幸もなく、不安もなく、恐怖もなく、死も苦痛も悲しみもなく、ただあるのは、欲望を満たせることができる
すべてのものだけなのだ。しかしすべての欲望を満たしたその先には、退屈だけが存在する。
病気が治る幸福感も、恐怖から脱した安堵感すらもう味わうことはできない。
それがアナザーワールドなのである。
 
アナザーワールドでの住民が求めるもの。
それこそが、苦痛であり不幸であり苦しみなのであり、そしてそこから生じる幸福感なのである。
しかしイエスは、救世主というレッテルを貼られているためここから脱出することはできない。
聖書で言われる再臨の日など永遠に来ないのである。
 
しかしラバーは、自由人である。苦痛・不幸・苦しみ、劣等感・優越感を再度求めて行動を起こすことにした。
 
アナザーワールド暦0418675年、宇宙では唯一人間界が存在する太陽系の地球、その中でも
最もアナザーワールドとのレベルが似通った日本を選び、東京に住むある女性の体内で
つまらない男性の精子によって受精させられた細胞にインベードし、その10ヶ月後に、その女性の
体内から、いつもよりは少し軟らかくなった骨盤を押し広げ、その女性の体内からの脱出に成功した。
しかしその直後背中を何度もたたかれ、私は黙って抵抗していたのだが、その暴力はいつまでたっても
終わらず、ついに私は年甲斐もなく、大きな声で泣き叫んでしまった。そして同時にすべての記憶を
失ったのだった。


【 りょう's Profile -The Beginning- 】
 
リョウはアンダーワールドというこれ以上の下の世界はないというほどのレベルの低い世界にいた。
これより下の世界はないということは、地獄ということになるが、火あぶりとか針の山とかがあるわけではない。
ここでのリョウの友達は、ビリィ・ザ・キッドやヒトラー、皇帝ネロなどの極悪人であり、その中でも
特に仲がいいのが、愛人の局部切り取り事件の阿部定や、連続女性誘拐殺人事件犯の大久保清であった。
友達といっても仲良く話しをするわけでもなく、阿部定はいつも愛人の局部を握っている。
大久保清はあいかわらず女性を誘拐して襲っている。
この世界へ来る前は女子高生コンクリート詰め殺人事件の連続犯だったリョウも
この世界にきてもあいも代わらず毎日毎日女性をコンクリートに埋めているが快感も喜びも感じることはない。
しかし彼らのすべての表情はどういうわけか、ただボーっとしている。でもなんだか友達のような気がしている。
 でも、ヒトラーやネロはちょっと毛色が違いリョウにとってはなんだか苦手だ。
やはり犯罪の器のちがいなのだろうか。
リョウはもちろん、ここに来ているすべての人達は自分たちがなぜここにいるのかは理解できていない。
 
この世界に来る前、人間世界に生まれた彼らは、どういうわけか犯罪者という人生を選択した。
 何故そのような選択をしたのか?
彼らは決して悪人というわけでもなく、無知というわけではなかった。ただ善人になることに興味がなかった。
ただそれだけのことにすぎない。
 人から感謝されても時が来ればいずれ死ぬ。人から恨まれてもいずれ死ぬ。長寿をまっとうしても、
殺人犯で死刑となり短い人生であってもそこに何の違いがあるというのだ。
殺した相手も意味のない人生を送ることから救ってやったようなものだ、というのが彼らの言い分だ。
オウムでいうところの『ポア』と同じ意味合いだ。
自爆テロやイラク攻撃を善と考えるか、1000人以上のアメリカ兵を死に追いやることも気に入った女性を
コンクリートに埋めることも彼らにとっては同じことなのである。
 
あの世で天国へ行って幸せと考えられる状況におかれようが、地獄で苦しむという状況におかれようが
ただ独り、目をつぶって耳をふさぎ、息を止め思考を停止した、その瞬間というのは全く同じではないのか。
彼らみんなはそのように考えていた。そうでなくても潜在意識の底には
多かれ少なかれそのような考えがあったにちがいない。
つまりあの世へ行ったとしても感覚を遮断すればその瞬間は無になる。
天国のラバーも地獄のリョウも何の違いもない。もしも感覚を開放したとしても、
時間を輪切りにしたその瞬間は何の違いもない。
瞬間をつなげたその流れの連続性においてのみ違いが生まれる。
しかしその違いといえども、ラバーにとってはイエスと決められた歴史の流れを眺めているだけの退屈な毎日
リョウにとっては毎日毎日コンクリートに女性を埋めてあくびをしているだけという、たったそれだけの違いにすぎず、
高次元の感覚からすればマッチ箱の中のマッチ棒が一本多いか少ないかの違いくらいのことである。
つまり天国と地獄は同じのもでありその違いは単に愚かな人間が作り出したものなのである。
 
ドーン!ガガガガ・・・!!
その時、コンクリートに女子高生を埋めていたリョウを、何かが押し上げた。
アッという間の出来事であった。もうリョウの姿はそこにはなかった。
というより、リョウは波動になりかすかな振動の余韻だけがそこに残っていた。
時がきたのである。地獄といえども永遠にそこに存在できるわけではない。循環の時期がきたのである。
リョウの意識の関与できない力が動き出したのである。
 
その時この世界では神戸に住む14才の女子中学生が避妊に無頓着な一つ上の先輩の男子生徒の元気のいい
精子によって不意にも受精させられてしまった所だった。
男子生徒はいかにも満足そうな微笑で彼女にささやいていた。
「お口でお掃除するんだよ!!」
その時リョウの波動は小さな螺旋状の意識体へと集約していき、この光景を眺めていた。
「なんていう男だ。」「コンクリートに埋めてやろうか!!」 
と思いながらも、リョウの意識とは関係なくリョウは女子中学生の体内の受精卵に
インベードさせられてしまったのであった。
そしてその10ヵ月後に大きく成長しすぎたリョウは、幼すぎた女子中学生の膣から出ることができず、
苦しみぬいた少女はそのまま静かに息途絶えた。
しかしリョウは知っていた。どうやったらこの世に生をうけることができるかを。
リョウはコンクリートを練ることで鍛えた力強い指先で、回りの殻を引きちぎった。
内部からの帝王切開は間もなく完了した。
自力で生まれたリョウは血まみれのままあぐらをかいて一服していた。「さて、どうしたものかと・・・・」
そして、そのままリョウは四つん這いで這って這って突き進んだ。
馬小屋へ行くんだ。屋根の上で彗星が輝く馬小屋へ行くんだ。
夜も更け凍りつく寒さの中をリョウは這いつづけた。そして日が昇る寸前に
馬小屋へたどり着いたリョウは何もなかったかのように積み上げられたワラのなかに埋もれて深い眠りについた。
まるで不幸な女性が自分で育てることができずに、涙をながしながら置き去りにされた赤ん坊のように。
 
一番鳥の鳴き声で目をさました、美しい女性が馬小屋へ馬の世話をしに行ったときリョウは拾われた。
その女性の名はマリアといった。そしてリョウはイエスという名前をつけられた。
これがマリア処女説という誤解の始まりであった。
 
この彼こそが、アナザーワールドでラバーと出会うことになる運命となっていくのであった。